読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

よろしくどうぞ

前々からブログみたいなものは書いていたけど特に誰かに公開するようなこともなく、もはや掃き溜めみたいになっていて、久しぶりに覗くと発酵もとい腐敗していたので新しく始めようと思った次第であります。

まずは何か一冊、本について書こうと思ったのはいいのだけれど、じゃあ何を選ぼうかとしばし悩んでしまって、危うくブログの開設が頓挫するところだった。

結局悩んだ末に、伊坂幸太郎の砂漠について書くことにしました。

砂漠 (新潮文庫)

初めて読んだのは中学生の時で、描かれている大学生活の自由さがものすごく魅力的だったのを覚えています。というか、いまでも魅力的なんだけれど、もしかして世の大学生は実はみんなこんな感じの生活を当たり前のように送ってたりするのでしょうか、(当方、大学四年目)。

続けます。

最近改めて読んでみてもやっぱり北村たちの日常は魅力的で、自分の生活と比べてはニヒルな笑みを浮かべたりなんかもしたけれど、たぶん彼らの生活の魅力は小説で描かれるようなイベントの有無だけじゃないって今になってわかった。

大学生になって思うのは、あんなにも自由だと思っていた大学生活も、実際には色々な事情が絡み合っていて、思うようにいかないことも少なくないということ。大学生にもなれば、ある程度、現実が見えてくる。自分にできることが思ったよりも少ないということに気づいてしまう。けれど、北村たちが、どこか自分たちの限界に勘付きながらも現実を受け入れることに抗う姿は、意外に軽やかだ。「俺がその気になれば砂漠に雪を降らすことだってできる」西嶋の言葉を北村たちがどこまで信じていたかは分からない。でも実際に行動を厭わない彼と、それに真剣に付き合う北村たちの日常は誰がどう見たって充実している。結局、行動しなきゃなにも始まらないんですよね。無力感にかこつけて、楽しいことがないなんて言うのは、そういう楽しみや充実した生活を放棄しているのと変わらない。それはたぶん、小説の中の話とか、現実とか、きっと関係ないんだろう。昔読んだ時にはそんな風には考えなかったし、そもそもわからなかったけど。落ち込むより、嘆くより、卑屈になるより、負け戦になるかもしれないことを知ってなお動ける軽やかさを、青春と呼ぶのかもな。なんて思ったし、そういう姿勢を羨ましくも感じた。

 

伊坂幸太郎の小説は、ウイットな会話が多くてすごく好きです。とりあえず、挨拶がてら、最初の記事は、こんなところで。